這いつくばって死んでしまってもキスしてね

瞑想したいが瞑想するために文を打つのも面倒だ〜

最近本当に眠れなくて朝5時まで眠れない。文を打つのも疲れる。文の体裁を保つのもつかれるし無理。脈絡とかも無理。無理すぎて何書きにきたのか忘れたし

改めて謙虚な人が好きだな〜って思うが、好き嫌いってなんなのか本当にいまだに良くわからないところある。いや、好きは明確にわかる。好きというのは私自身なので。しかし嫌いってなんだろ。人って人を嫌いになると意地悪したり悪口言ったりするが、私の人生これまでみてきた中でつちかわれた持論では、「攻撃は嫉妬から生まれる」というのかかなりクリティカルに真理をついてると確信しており、嫉妬ってつまりは好きの極限、羨ましい、その人になりたい、という執着なんだよな。私は人間が好きだし優しいほうの人間なんで(完全にただの自己評価)どんな人間にも良いとこあるし見習えるとか尊敬できるとこ素敵なところがあるな〜と思える。反面、あんまし多くの人に深く干渉しようと思わない方で、それを無関心だと思われる時もあるかもしれない。翻ると多分私自身がそこまで深く干渉されたくないから、人にもそうしているのかもしれない、そういう見方もできる。人に優しくするというのは、自分がされたら嬉しいなと感じることをすることだと思うから。そういう具合なので、あんまり強く他人を嫌ったことがない。嫌われたことなら普通に山ほどあるけど、向こうがこちらを嫌うことは、こちらが向こうをどう思うかには、あんまり関係がないと思う。例えば私を嫌って私に意地悪してくる人は、私以外の人にはとてもとても優しい場合もあるし、私から見たその人がその人の姿の全貌ではないと思うので。まああんまり酷い意地悪とかイジメってされたことないけどね。かなり昔バイト先の偉いババアにいじめられたことあるけど、聞かれたから出自について答えたのが、たまたまその方のコンプレックスに触れたらしく、次の日から朝来たらデスクに文字通り山ほど仕事積まれるようになって、こんなわかりやすい意地悪あるんだ…。とびっくりした。というか皆引いてた。学生のバイトだったんですけど、私が若くて可愛いうえに頭がいいから嫉妬したんだろな、コンプレックスを持ったまま老いるってかわいそうだなあ、と思った覚えがある。(花畑の頭)

考えれば人を嫌ったことが本当にないな。わからん、忘れただけかもしれないけど、記憶にない。だけど嫉妬したことは何度もある。頑張っても頑張っても絶対かなわなくて、絶対届かなくて唇噛み締めて血が出るくらい腸が捩れて死ぬくらい苦しくてご飯も食べられないくらい、その人のことが羨ましくて、大好きでその人になりたくてたまらなくて、なんでこんな人がこの世界にいるんだろう、どうしたらこんな人になれるんだろう、この人のこと生まれてから今までの全部が知りたい、この人の近くにたまたま生まれた人のことが心底羨ましい、と思って夜も眠れないほど、思い出すだけで胸が苦しくなるくらい、好きが高じて存在に嫉妬したことある。どんなに頑張っても届かない夢に挫折したこともあるし、それが叶えられた人のことが、泣いちゃうくらい羨ましくてたまらなくなったこともある。そういう感情、うまく言葉にできないし、言葉にしてしまうと恥ずかしいし浅ましいし、自分でもうまく消化できない。けど少なくともそれをその相手に好意にしろ悪意にしろ、直接アクションとして働きかけようとは決して思えない。私個人で一人で勝手に心の中で思うだけ、それがいつか成長や向上の糧になってゆく気がするし、実際そうやって前に進んできたなあ、と思い返せばそんな気がする。なんにせよ、嫉妬と嫌いって、真逆だよな、ということを思う。嫌いってなんだろ、無関心というのもまた違うと思うし、嫌いな人をあげろ、と言われると、私は凶悪殺人鬼とか性犯罪者とか汚職政治家とか漠然としたそういうやつしか思いつかない。そういう人ももし、身近にいたら、嫌いじゃない可能性がある。罪悪と人格は切り離されてしかるべきだという考え方もあるし、わからん。もちろん、考え方が違うな、合わないな、と思う人はいるが。ここで冒頭に戻ると、私は謙虚な人が好きだ。目立ちたがり屋で目に見える数字にこだわりそれを誇示してまるで偉そうに振る舞う人や、やたらと自分はこういう人間だ!と自らアピールする(しかも多くの場合実際真逆)人物類型をあまり好ましく思えない。品がないし、キモいし、ダサいので。でもそういう人は目立つので多くの人に支持される。それはそれで多くの人が魅力的に感じるということで、そういう振る舞いができることはそれだけでひとつの秀でた能力だ、と評価できる。私の思う理想のタイプとは違うけど、良い悪いは分からないし、私自身に関係のないことなので好き嫌いも決められない。自分はこうはなれないし、ならないなあと思うくらい。嫉妬もしないし、でもあまり見てて心地よい言動じゃないことが多いのでいつもたくさん目にして賛同したいとは思わないけど、普通に楽しく過ごして下さるよう幸せを祈っています。決して嫌いじゃない。実際、関わったって多分嫌いにならない。そういう価値観で動くひとまわりにわんさかいるし、みんな嫌いじゃない。価値観がそっちなんだなあ、と思うだけ。

して、私の好きなタイプの謙虚な人は、すぐいなくなる。これがとにかくまじで悲しい。私がそこまで興味のない、目立ちたがり屋の人ばかりは残るし、何でもかんでも発信するが、本当にずっと見ていたい人は何も教えてくれないし一人で勝手にいなくなっちゃう。本当に悲しいことだ。だけどそういう決断をするような精神の人が好きなので、仕方がないな、と思ってしまう。私の好きな人が突然目立ちたがり屋に変身してめちゃくちゃすげ〜ノリノリの宣伝活動しはじめたら、なんか変わっちゃったんだな…って思っちゃうかも。わからないな。判官贔屓というか、そういう心理も働いているのかもしれない。謙虚な人が好きだが、もっと実力相応に目立ってほしい、と思う。だけど本人はきっとそれを望んでないし、例え望んでいたとしても、私個人にできることは限られている。