たった一人運命の人がいるなら

 

間違えて自分で押したスター(先述)の通知がメールに来てて、はにゃ?になってブログ開いたら記憶のない日記書いてて本当にびっくりした!

記憶にはないんだがどこからどう見ても私が書いた日記だな。まじでラリるとこうなるんだな。ついったーもいつもこんなかんじの運用だったけど、開く頻度が比較すればまだ高かったから今回ほどの驚きはなかったな。

 

 

↑という4日前くらいの下書きが残ってましたがこれを書いた記憶もない。

 

持論になるけど、正直言って懐古以上に苦しい精神運動って無い。なるべく懐古をしないこと、が生きる上での快適さに繋がるなあと思う。楽しいことや悲しいことは誰か他人と、できたらなるべくずっと近くにいてくれる人と共有すること。根暗な私にはそれも難しいんだけど、そういうことが将来の悲しい寂しいの緩和のためには必要だなって、普通に生きてたら当たり前に皆やっていることの重要性をここ数年でようやく理解し出した。根暗だしインキャだし、本当のことって他人にわかってもらえないな、同じふうに思ってくれる人ってなかなか見つからないなって思ってしまって考えることや思うこと心の底から好きでたまらないものは思うだけで一人でず〜っと大事にしてきたから、いまだに何年経っても他人にうまく共有できる気がしない。自分の心の中でだけ昔の楽しかった遊園地のこと懐かしいな〜って思い出しても私の他に誰も知らないからさみしいなあ もう私には誰かを招待することはできそうになくて、だから一人でもまたいつか遊びに行けたらいいんだけど、今はもう昔とは違うから悲しくなっちゃうんだよなあ。悲しくなりたい思い出じゃないのに

懐古をしない方法って懐古するほどの年月を経るのを待たずに早く死ぬことだけだと思ってたけど大人になるとそんなことも言ってられなくなるというか、心の中にばかりずっと閉じこもっていなくても平気になってくる。それもまたさみしいけど…

一人だけの記憶を一人だけで心の中だけで行う懐古以上に死にたくなることってないじゃないですか。ほんとに。正直言って。(夏みたいな昼間に久々に家にいたら懐古で死んでしまった日の日記)

 

懐古で絵でも描こうとしたらpixiv sketchがログアウトされてて余裕でログインできない。最近なんかアップデートされたのかな、スタバのアプリもログアウトされててログインするの小一時間かかった。まじでログイン全般無理。