らんま

魯迅が道についてどっかで語っている。元々道があるのではなくて人が歩いたところが道になるのだという旨の話、「故郷」だったかな。中学校の教科書に載ってて、コンパスみたいなヤンおばさんの出てくる有名なやつ。魯迅といえば阿Q正伝とか狂人日記が有名かと思うが(というか阿Q正伝狂人日記で岩波が文庫出してるのでその2つがどうしてもセットになって出てくる)が、どちらもかなりトンチキな話で、故郷はそれに比べてマトモな小説である。義務教育の国語教科書に採用されるだけはある。

ていうか、しかし、考えてみれば教科書に載っている小説ってなんでそこ行った???!と思ってしまうものが多い。文学が好き!とのたまう高校生大学生に好きな小説家を聞くと、だいたいが夏目漱石とか答える(印象がある)が、どう考えても授業でこころを習うからであって、その中にこころ以外の夏目漱石を読んだことのある人は大していない(という印象がある)。授業以外で文学に触れる機会は滅多にないということ、義務でもなければ若者は本を手に取って読みはしない、という事実がそこから汲み取れる。国語教科書は大多数にとっては文学へのほぼ唯一のエントリーでありつつ、専攻で進みでもしない限りは文学経験のほぼ全てということになる。特に後半のそれきり文学に触れなくなるというのは、ひいては教科書のチョイスに興味が惹かれないから、を原因の一端とする解釈もできる。

私ならそうだな〜(しかしこういうどうあがいても私に選択権が与えられるはずのない規模の問題について自分ならこうする、と話を切り出すのはどうも虚しいがまあ)、しばらく考えてみたが、教科書ってコンプラ(?)厳しそうだから多分多くのこの作家ならここいっとけよ!!みたいな話が載せられなくて、かわりにこのへんならまあ…いけるよね…で載せられてる文豪の箸休め作みたいなやつ多くて、文学の肩書きでそういうどうでもよいニッチなところ無理矢理掘り下げさせられるくらいなら、別に文芸作品じゃなくていいという気もする。アガサクリスティとかホームズの有名な話とかやったら良くない? 世の中の多くの元ネタを早いうちから理解し文化表現の本質を読み取ることのできる利発で繊細な子供の情緒育成を目指す(教育理念)。吉川英治三国志とか、あともはや漫画でもよくないかと思うので横山光輝三国志とか水滸伝とかもいいと思う。中国史、中国文学ってあんま習わないので。

何故、夏目漱石はこころなのに、羅生門で美神なのか……全然わからねえ トシシュンとか豊饒の海とかもっと国語教科書的なやつあるよね 特に三島由紀夫!修学旅行行くし私なら絶対金閣寺をおしますが!コンプラだめかな?!金閣寺

あと中学生の教科書って絶対太宰治人間失格入れた方がよくない?!??!!中学生で読まずにいた読むんだよ 走れメロスやってる場合じゃない

私の思い出では、佐藤春夫の少年の日という詩が好きで大人になってからも教科書出して読むことがあった。今でも全部そらでいえるくらい好き! あとうろおぼえなんだが高校の教科書に宇治十帖の夢浮橋だったかな、、が載っててあれ今思い出してもキュンとするくらい好きだな 宇治十帖の終わった後の話……の感じ寂しくてむちゃくちゃ好き 教科書に載ってる源氏物語って最初のいずれのおんときにか〜のやつと、脇息に経を置いてなやましげに読んでる尼君がただひとならずのやつ(他人の家覗き見して紫の上見つけるとこのやつ!!このシーンがえろくてよく覚えています)と、須磨の心づくしの秋風くらいしかやらないイメージだけど、宇治十帖なんでやったんだろな 源氏物語の推しは藤壷です 熟女の痴女が3度の飯より好きなので

 

閑話休題、、魯迅が語った道についての話で大いに私はこの考え方が好きだ。更に言えば私はこの「道」そのものが好きだ。もともと自分で自分をコンサバティブなほうだと認識してるし、普通や中庸が一番難しくて、それが目指すべき姿だなと考える。究極の普通、究極の中庸ってマジですげ〜〜〜尊いと思う。人間ではむりですね こういうこと考えると、小粒に個体差があってムラがあってどんなに無個性に見えても全く同じことできない人間ってほんと面白いな〜と思う。100年とかで死ぬのにまじでなんでこんな複雑な情操つくりあげてしまっんだろ人間、繁殖もなぜかしらんがメチャクチャ大変だし、1個体の知識記憶ベース受け継ぐ方法ないのまじでもったいない マジの天才見るとそんな…鉄バットで殴り続けたら死んでしまうような柔な体に精神を入れておかないで欲しい…いつかそのうち死ぬような人間にどうして生まれてしまったんですか…と思って泣きたくなる

でそれはいいとして小説だとか映画だとかが好きなのもコンテンツが好きと言うより多くの人が見てきたものだから通ってきたものだから愛おしいと思うのが大きい。理由を問われるとうまいこと説明できないんだけどかつて多くの人が熱狂するほどそれを愛していた、という事実がむちゃくちゃ唆られる。一時代を築いた、とか一世を風靡した、ということに哀愁じみたものを覚えるのかも、もう絶対私はその時間その場所には行けないので、私の知らない時代を皆は知ってるんだな〜と一生辿りつかない砂漠のユートピアを遠くに眺めてる気分になるの好き。

別に競走で一番を取る人をいつも好きなわけじゃないけど、トップを走ったことがある、少なくともその景色を知っている人が好き。そこから降りてしまってずっとそこにいなくても。

で、だから幽遊白書とからんま1/2って漫画そのものはそうでもないがコンテンツとしてむちゃくちゃ好きだ、という話をしたかったんだが、横道にそれ過ぎて待ち合わせの時間になのでやめます。

毎日なんか書きたいけど毎日ってなかなか難しい