また会えると言ってほしい

 

最近いろんなことあったな〜

なんだか悲しいことが多いな!まあ元気ですが!今日も元気に朝6時くらいにウォーキングしてました。昼めちゃくちゃ眠かった。

何回も何回もこういうことをしていてはダメだ〜、とやるたび思うのに、喉元すぎると熱さを忘れて(?)月日が経つと同じことしちゃう。特に夏!夏の昼間ってなんでこう、家に一人でいるとついつい懐古に浸ってしまうのだろうか 何度心に深い傷を負っても同じことを繰り返してしまうな〜まじで いや本当に記憶消したいな〜って思うことが生きていると必ず絶対少なからずあるから生きるのってそれだけで偉いな 自分より1日でも多く生きてる人のこと本当尊敬しながら生きてます。

悲しいといえば、このあいだふと冷静になって考えたら、一昨年の夏から謎に8キロくらい太っててまじで普通に考えてデブじゃん…て唖然とした。体重変動わりとあるほう、ていうか地球規模で考えればどうでもいいじゃん理論でプラマイ2キロくらいまでなら全然気にしない派なんだけど、ちりつもで8キロも増えてるとはさすがに思わないですよね…… 一昨年の夏わりとカリカリに痩せていたんだよな 自分でわからんかったけど周りによく心配されてた 毎日体重計乗ってんのにこの間突然気がついたのほんとにばかすぎ、、まじでまわりはこっちをこそ声を大にして教えてくれよ、、

本気で痩せよ!てか体軽い方が疲れないし!!って思ってるのに喉元を過ぎて今日も飲んだ後ラーメン食べてしまった まじでばかすぎ 明日以降は他の記憶全てを失ってもこの喉元の熱さだけは生涯忘れないで生きていきます

 

エルヴィスプレスリーの映画見た。書いたっけ。

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内容はまあよくあるとはいえ…いやかなりよくある内容すぎてあんま覚えてないな 薬物の登場しないロックミュージシャン映画を見てみたいものだなあ。そんな人いないから無理か。

内容よりこのヴィジュアルがエルグレコみがあってメチャいいな〜と思い映画画面よりつぶさに眺めた。エルグレコみあるよね?!受胎告知!

 

 

今日は今敏パーフェクトブルーを見た。視聴は人生2回目、10年ぶりくらいかと思うのですが…

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いや、こんなツラい映画だったっけ?! 普通にひたすら辛くて泣いちゃった。昔は怖〜!!幻想怪奇精神ホラーサイコスリラー!!!オシャ画!!!芸術性、高〜!!!!な感じで、映画としてスバラシイな〜!!!の観点で気取って観ていた気がするが、老婆の今見ると一人の女の子の身に降りかかる物語として普通に辛すぎ。ていうかまじでこんな話だったっけ。私の中では主人公がアイドルとしての自分と現実の自分の間に存在する乖離に耐えきれなくなり次第に自我を亡失していく物語……程度に記憶されていて、所々アイコニックなシーンは画で覚えていたし殺人の真相だとかも記憶通りだったけど、レイプシーン(演技ですが)とかは全然覚えてなかった。昔の私も辛すぎて記憶を消したのかもしれん。普通に若い女の子が芸能界で性的搾取されて精神崩壊する話としか思えずつらかった 芸能界・ショービジネスの闇〜……みたいなものを描いた映画だと、そういう見方もできるが、それにしてはアートに寄りすぎてるんだよな ヴィジュアルとか構成が素晴らしいというのは所見と変わらず今回も同様に思ったが……まじで老婆になり職業としての芸能人みたいなものが身近になったというか、ご時世的にも芸能人やアイドルもみんな同じ人間!ということを普通に実感できるようになったせいで、これが知ってる人だったら…身内だったら…友達だったら…家族だったら…自分の子供だったら…とか現実に引き寄せて考えちゃった。今敏さんって夭折の監督としてよく言われるけど こういう話は若いからここまで作れる映画だな〜としみじみ思ってしまったな。調べてみたらパーフェクトブルー監督当時34歳。若いのにすごいですね。

パーフェクトブルー原作昔読んだと思うんだがたしか話全然違うんだよね。アイドルの実情…的な話で言えばこっちはそれ路線だと思ったな。耳をすませばも原作漫画全然全然違うし、あたりまえだが二次創作だね。こういう系の話は最後にビューティフルドリーマーの話題にしかいきつかないのでまあいいか。

あとクレジットで大友克洋の名前みてキュンとしちゃった。ちょうどこのまえうらめしゆうすけの実写はAKIRAの金田かそれがだめならこの横浜流星がいい!!!!f:id:loveletter2:20220726214357j:imageという話永遠にしてたので、、

まじでゆうすけににてん??!!??!まじ脚長いしゆうすけに似ててかっこよすぎ(ゆうすけに似てる=世界で一番かっこよくてかわいい人類の意味)私以外の人間の目には全然似て見えないらしいので一応宣言しておくのですが、わたしには生まれた時から幽助のことがこの顔に見えてます。この横浜流星がむりなら金田しかないな それもむりならもう誰でもいいっす

 

 

あとパーフェクトブルーの話、アイドルというものにトラウマがあるのでアイドルという言葉を何度も聞くだけで結構辛い 特に懐古後のメンタルには効いた(心の闇)あの屋上のステージでリリイベしてる雰囲気、、わたしにとってはあれが、、ヴィーナスフォート教会広場なんよ、、、

 

 

 

ねます

今日は久しぶりに雨に降られたなあ 夏の雨ってこういう感じだったなと久々に思い出しました。四季や気候の細かい気付きがあると、小説を書きたいな〜って思います 最近また桑田佳祐のことしか信じられないの時期になってて毎日真夏の果実聴いてます。いとしのエリーもすきだしわたしはピアノもすき。ねます

遠い太鼓

昨日日記書かないで寝ちゃった。寝起きに書きます。

 

最近読んでる本の話しようと思います。

今読んでるのが今日の日記のタイトルの村上春樹さん 遠い太鼓。村上春樹さん、小説の著作は全部読んできてはいるんですが、これまで特別好きではなかった。ていうか村上春樹さんレベルの著名作品は好き嫌いとかジャッジする暇なく読んでしまう。これがかの有名な…っていう感じで、とりあえず社会勉強として読んでおかなければの謙虚な気持ちで読んできた。好きか嫌いかで言えば、もちろん好き寄りだけど、あまりに文章が上手すぎて好き嫌いとかの上から目線ジャッジができないな。あとは無骨な私には少し繊細すぎるな、という感想も抱かせる。男の人の書く小説って大体そうです。

で、なのですが、この度知人から大量に村上春樹さんの本もらったのが家にあって、ほとんど読んだことある本だしブックオフで売ろうかな(最悪)とか思って家に置いてあったんですけど、ちょうど読む本無くなって図書館にも行けなかったからその中で読んだことのないエッセイを読み始めました。あその前に小説もなんこか読んだかな。

さっきも書いたけど小説というもの勉強として読んできたから、別段人よりメチャクチャ本そのものが好きなわけではなくて、エッセイとかにはあんまり興味がないんですよね。これまでの人生で書籍として読んだのまじでまじでまじで10冊くらいしか無いかもしれない。中村うさぎさんのエッセイ好きでした。

なのですが、村上春樹さんのエッセイ読んでて、あらためて、村上春樹さんも小説書く時ってめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃ苦しい思いして書くものなんだな〜って思った。いや、まじで、村上春樹さんの文って超上手いじゃないですか。なんていえばいいんだろ、情緒的とはまた違って透明感がある。まじで文法的にクリアーというか、ユニバーサルにクレバーな文章。(?)それでいて無機質でもないし、ロマンスじゃないのに綺麗だし、皮肉なユーモアセンスが織り込まれていて知的。なんていうんだろ、抑圧的。皮肉に関しては日本のそれより海外短編を思わせる。とにかくまじで文が統制されすぎているせいで、人間みを感じたことがなかったかもしれない。エッセイを読んで改めて、あれも朝起きてご飯食べて寝て子供から中学高校通って大人になって街に出て人混みにうんざりしたりカフェに入って注文したものが全然こなくて待ってて疲れたりする、普通の人間が書いた文なんだな〜って思ったし、書くときはひたすらつらいんだな、と思った。まじで村上春樹さん、すげ〜〜〜何で人間にあんな文章かけるな??!?!ほんとにすげ〜〜 小学生でも分かること今更気がついた。そりゃそうか…

遠い太鼓が分厚くて重いので、出かける時用に薄い本も読みたいなあと思って、これも家にあるやつで最近読み出したのが太宰治さん人間失格/グッドバイ マジのマジで中学生ぶりの太宰治さんですが、もう老婆だからなるほどな〜と思いながら読んでいる。人間失格を執筆したときの太宰治さんは40歳近く、やっぱり小説を書く男の人って繊細…というか、幼い心がいつまでもあるよなあ、と思う。そういうところが可愛くていいのかな。

昔から一度読んだ漫画・本・映像作品を二度以上見返すことが本当に本当に本当に滅多にないです。漫画はまだ何回か読むこともあるかな。音楽だけだな、意識的にほぼ必ず何回か繰り返し再生するのは。本は特に、気に入っても二度読み返すこと滅多にない。それそのものより経験が好きなのと、同じものまた見るなら知らない他のものをもっと多く知りたいと思う気持ちが強いのが理由です。でも大人になってから、時を経て読み返すのも面白いものだなと考え直しています。昔好きだったもの、今見たらたいしたことないな〜みたいなパターンもありそう。昔はそういうのはかなしいし心の中で理想の形のままとっておいたほうが素敵だなあと思ってたけど、現実を直視(言い方爆笑ですが)するのもそれもそれで人生においてはおもろいことかもしれん。まあそういう無為でおもろいことをする時間があればの話。でも無駄な時間削れば本当は時間ってしぬほどあるんですよねえ 無為なこと飽きるほどしたいな〜

何年か前に、通っていた小学校に行ったんですけど、校門がすごくすごくちっちゃくてびっくりした。昔は本当に大きな門をくぐり抜けて毎朝通っていた気でいた。廊下も超狭いし、全部がちっちゃくて、びっくりした。昔住んでいた家の周りにも行ったけど、柵がすごく低くて、入り口が小さくて、とにかくびっくりした。子供って小さいんだな、自分の内側の大きさって変わらないんで、外から見ると大きくなるんだなあと思った。懐かしかったです。

 

 

あと昨日久しぶりにブルーピリオドの続き読んだ!ユカちゃんだいすきです。

 

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あとあとこのあいだキングダム見た!信にガチ恋

 

 

 

 

君の街まで

 7月このままだとあんまり勉強しないまま終わりそう。やるべき時にあんまり身が入らなかったな〜。かと言って遊んでもない(  •̥ ˍ •̥  ) 別に忙しくないんだけど私生活で常に気持ちが落ち着かない。早く楽になるといいなあ。

というわけでまだ終わってないし今からでも7月は勉強しましたの月にしよう!と思ってる。8月9月もバリバリ勉強したいですね あと1月!!!まあ普通に毎日勉強したいです。

目下のところ今は毎日日記書くのを目標にしてる。心に浮かぶよしなしごとを壁に向かってしゃべるのってまじで価値あるな。人には話さない話ってたくさんあるし、壁は途中でいらん相槌とか打ってこないで永遠に聞いてくれるから永遠に喋れる。最高に包容力ある。あとから読むと自分でも発見あるからそれも面白い。まず日本語のヤバさがいつもすごい!本当にすごい。まじで日本人ですか? でも壁だから文句も言われないし馬鹿にもされないし、いいな!!!!壁大好きです

 

 

っていうか昨日は友達と桑原が横浜流星!!!とか爆笑してたからあんまり真面目に見てなかったんだけど(※横浜流星ではありません)実写の桑原くん普通にかっこよくないですか?!好きなタイプ!わたしは桑原くんSnowManの岩本照くんがいい!!!!!って言い続けてたんで結構、ていうかかなりgoodですがって感じです。

私も昔の漫画の捏造小説とか漫画とか絵描く時、当時の知識があんまりないということと、自分の中では今この瞬間生きてるキャラクタだなって感覚があることを理由に、勝手に現代に生きてる設定によくしちゃいます。捏造だからなんでもokなんだよな。(実際別に全くokじゃないけど)スマートフォンとか持たせるし、喋り方とか服装とか髪型とかキャラクタの本質が変わらないなら私の中で現代に馴染める感じにしちゃう。その方が自然に感じるし、人物として考えやすい。だから幽遊白書みたいな古い話を、特に今この時を生きる現代の若人が演じるなら、「あの時代こういうポジションだった人は今はこういう姿形でこういうポジションにいる」っていう造形にした方が自然だよな〜って思う。普通にゆうすけとかツーブロックもしくはマッシュのCPOシャツ男でよくね??!って思っちゃう。そこまで冒険したらさすがに非難轟々だろうけど。蔵馬は少なくともまじでマッシュでよくね?!??!この世の全女を敵に回すとは思うんですが……でも当時の色気のあるかっこいい美少年(指ハート)があの髪型だったわけだから、今ならそれハイトーンマッシュですよね??!??!いや黒髪センターパート?いやそもそもがみんな時代背景加味したって現実味のない容姿かあ。?飛影はなんだろ?かわいさとかっこよさのあるかんじ、、やっぱ黒髪マッシュかな?もはや全員黒髪マッシュなんだが?

まあそう言う感じでいくと桑原くんすげ〜いいじゃん❕だった わたしてきには

私の理想のキャストは何度も言いますがうらめしゆうすけが齊藤京子さん、もしくはごくせんのあかにしじんさん、もしくは錦戸亮さん、仙水忍くんがレオナルドディカプリオ、他はなんでもokです。こえんまさまは実写化自体が土台追いつかないんでむしろあんまり合ってないなっていう人にやってほしい。どこか少しでもあってるととたんに違和感が作用し出しそう。ペンとインクで用紙の上にこえんまさまの美しさを正確に写し込むことでも漫画作者にすらちょっとできてないとこあるからな こえんまさま誰でもok もし万が一可能ならアニメ初期灰原哀さんにお願いしたいです。(実写化とは?)それか翠星石ちゃんかな カラーリングがこえんまさま似なので…(実写化?)

ていうかこの間久しぶりにテレビアニメゆうゆうはくしょ見てたらこえんまさま出てきて、テレビアニメゆうゆうはくしょのこえんまさままじで年齢そのままの人!、!!!ってかんじでやっぱり見てて安心する 安心した ジャンプコミックスゆうゆうはくしょのこえんまさまは今にも壊れそうな繊細なガラス細工のこの世に一つとしてない凛として咲く楚々とした孤独の月の花すぎて見ているだけで生きてるのがかわいそうになる10000年の孤独を生きた神秘的西洋美少年の美しさなのですが、テレビアニメゆうゆうはくしょのこえんまさまはまじで28歳のいけめんです❕✌︎おちゃめで仕事できる上司❕✌︎かわいくてかっこいい頼れる28歳❕っていうかんじでまじでまじでok あと超〜かっこいいしかわいい 

オタクからは超嫌われてるらしいんだがわたしはテレビアニメ仙界伝封神演義もテレビアニメ版ネウロもかなりokでかなり良いと思ってるんですよね。封神演義太公望ジャンプコミックスの白い肌薔薇色の頬儚くいまにも桜に攫われそうな因果の鎖に囚われし悲劇の年齢不相応頭脳明晰主人公ではなく熱血❕ガンバリ少年❕❕になっててまじで安心して見れたので好きでした。あと音楽めちゃくちゃよかった。ネウロ私漫画読んだ時に「ヤコってなんで父親死んだのにこんな平然としてんだろ?人間味ないな」ってずっと思ってて、だからそれを主軸にして話作って下さったの、監督と解釈一致だなってかんじた。怪盗サイちゃんの扱いもよかった。ていうかこういう、漫画を自分はこのように解釈しました!!!こうだったらよかったのにと思ってます!!!みたいなものが読み取れるような、作った人の気持ちが込められたものじゃないと二次創作って意味なくないですか?忠実に再現とかまじでわざわざ見る意味ないやん。そんなの脳内でずっと見てますが????って思っちゃう。

考えてみれば押井守うる星やつらで育ったのでアニメの改変というやつにまったくもって耐性がありすぎるんだよな。アニメの改変どんどんやってほしい。この世のいろんな同人誌をわたしは見てみたい。死ぬまでのあいだにどんな心象風景をもった人間がどれだけこの世にいるのかできるだけたくさん見てみたい。よろしくお願いします。

でも唯一思うのが蔵馬、私もし蔵馬のオタクだったらアニメ会社に石油を巻いて火だるまになって飛び込んでいた可能性がある。アニメの蔵馬まじで漫画と果てしなく違うな??!って思います 別の良さがあるしみんなアニメの蔵馬好きみたいだから良かったけど(?)、私が蔵馬オタクだったら大変だったと思う。蔵馬オタクじゃないからわからんけど。なんかヒエ〜に抱きついててキショい意味不明の絵とかあったしああいうのファンはokなのかな??!私が当時中学生とかの蔵馬オタクならスタジオピエロを東名高速煽り運転してたと思いますね(?) まわりのみんながあれで喜んでたんだろうから余計つらかったかも。まあこえんまさまも漫画との違いは似たようなもんか??!??わからん もう老婆だからなにもかもがokでわかりません。躯さんもそうだけど蔵馬もこえんまさまも 声の当て方に人間味があるよな 人としての厚みがあるキャスティング この話何度もしてるけどわたしはコエンマ(cv田中真弓)という文字列見た瞬間からこえんまさまのことめちゃくちゃ好きになってしまって コエンマさまってそういうどうしようもなくやさしくて大人の寛容さおおらかさのあるキャラクタなんだな…とその時突然めちゃくちゃめちゃくちゃ立体的にキャラクタのことを認識した もう声聞く前からめちゃくちゃ好きになったあの時 こえんまさまってこの世の神のお造りになった最高傑作の芸術品で生きていてくださるだけでその身に心と魂が宿っているだけでルーブル美術館展示作品なんだな…ということがあの瞬間頭マジでヘレンケラーが井戸から湧き出る水をWATERだと理解したみたいな雰囲気でわかった。(?)昔のアニメはピクチャやサウンドが今よりシンプルだから声の演技や旋律の比重が大きいなあ と感じる。声でキャラクタ決まってるってかんじ。絵がおまけ。

ていうか昔のアニメってほんとに人が描いてる感すごすぎてよくこんなに描いてくださりましたよね たいへんでしたよね…って気持ちになる 描く人の手癖があるのとか後ろの方適当だったり喋ってる人以外全然動かない省エネ仕様だったり時間の流れが全体的にゆったりだったりするの非常に好きだな。陰影が強いのもすきです。

細かいカラーリングとか服装設定とか回によって違ってたり場面ごとに描き忘れ?があったり、何が起こってんのか意味わからんかったり絵がいろいろてきとうだったりするのも、今みたいにみんながみんなすぐ突っ込んでこないから見る側も分を弁えて(?)寛容な気持ちで見ていたんだろうなあ 頭の中で補完できる人たちが見て楽しんでいたんだろうなあ と思えておおらかな時代の空気が恋しくなるのもいいです。みんなその時間にテレビの前で楽しみにしていて、次の日に同じものを見た感想とか言い合えたりしたんだろうなって思うと、羨ましい。

娯楽って一方的に享受したいよね。私は一方的に享受したい。施してくださる側には同じ立場にまで降りてきてくださらないでほしい。いつまでも漫画やアニメは小学生男子の気持ちで好きだな 同じ曜日の同じ時間にテレビの前で座って待つ小学生男子

 

まじ突如話変わるが、私は風と木の詩という漫画がなんか苦手、というか好きなタイプじゃない。なんていうかオタンビすぎる(  •̥ ˍ •̥  ) いやお耽美のこと嫌いじゃない、萩尾望都吉田秋生も大好きで本を持たないこの私が今でも本棚に残してる数少ない蔵書のうちにポーの一族トーマの心臓もバナナフィッシュも櫻の園も入ってるしNANAみたいな現代的お耽美も好きだし、そもそも私一番好きな漫画ジャンルが少女漫画なので、ロマンチックのことがしぬほど好き。ロマンチックとお耽美ってヴィジュアル要素を抜かせばほぼほぼ同義だと思うのだが、風と木の詩は、わたしの感覚ではポルノのカテゴリに入れちゃう。ていうか蔵馬オタクじゃないからジルベール的な人物造形に全く魅力を感じないんだな〜 トーマの心臓はキツい表現をぼやかしてあるのがやさしくてすきだとかんじる、品がある。救済の物語だし、、(でもポー派ですどちらかといえば)萩尾望都さんは優しい。優しいのでいまいちパンチにかける。その点竹宮惠子さんはファラオの墓はめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃ好きで、ポーの一族より好きかもしれん 風と木の詩で下品って思えるくらいの骨太さというか、芯の強さ、残酷さというのかな、それが古代大河だとめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃ諸行無常のいい味出してて最高 ファラオの墓はめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃ好き。あとは少女漫画なのかしらんけど高河ゆんさんがすき、これもまあ似た感じでクランプさんと対比すると、クランプさんのほうが正直格段に何もかもレベル高いが(竹宮惠子さんと萩尾望都さんも比べようもなくレベル違うと思う根本的には、あとくらもちふさこ様といくえみ綾さんも、、)、高河ゆんさんの等身大の女性の優しい気持ちがめちゃくちゃ好きなんだよな いろいろ好きだが、マインドサイズと真夜中は夜の住人?タイトルちがうかも あれがすき

高河ゆんさんがどっかの漫画の後書きで「特定の誰かに向けて描くような気持ちで漫画を描下方が好き、描きやすい」みたいなこと言ってて、(たしか編集さんとか友人にに喜んでもらえるようなものを描きたいと思って漫画を描いてる、みたいな話)好きな音楽アーティストも似たような話を少し前にしてて、それが個人的には昔から超〜分かる。表象って対話であって日記だよなって思う!SNSだよな 私はあんまり特定の誰かに……というよりは、人間の心の中のこと全部を分かってくれる人って神様くらいしかいないよなあ、と思うから、小説なんかは特に神様とのダイレクトメッセージというかんじだなあ。(宗教)しかも返事は永遠に来ないがまあ、、

 

 

ていうか昨日これ書きながら寝てたら突然電話きて、野良猫捕まえに出かけることになってパジャマで出かけて2時に帰ってきた。バリねむすぎるしまじでよくわからん人生

 

これはこないだひさしぶりにいった代々木競技場ー❕

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ライブとか海いきたい❕❕❕勉強もしたい❕❕進研ゼミで最高の夏を過ごそう❕

何時何分何曜日

最近なかなか眠れない日が多い。私は暇さえあれば寝てるし(職場の休憩でも寝ててよく時間過ぎてて同僚が起こしに来る)、眠れない悩みというのは10代を過ぎてからはほぼないです。むしろ寝ても寝ても眠いのが悩み。

その私が最近無性に眠れなくて4時とかまで寝付けない。でも不思議と寝起きは悪くない。精神がゾーンに入ってんのかな?(?)

寝付けない夜に何をしますか。そんな時こそ、本を読んだり漫画読んだり一人でじっくりとできることをすればいいのに、眠れない時ってだるいから起き上がったりしたくないしもはや目を使いたくないんですよね。ていうか寝付けないだけで気持ちとしては寝たいんであって、目を閉じて寝ようとして何時間もかかるっていう、何回も寝返り打ったりしてだるくなって、この時間無駄じゃね〜??!って思うけど、だるすぎて起きて何かする体力もないし、そもそも寝たいから電気つけたくないし、、で結局目覚めてるのに何もしないまま時間が過ぎる。まあ体を横たえるだけで休息にはなるから全く無駄なわけではないと言い聞かせてはいるけども。

そういう時電気つけなくても起き上がらなくても使えるからスマートフォンって恐ろしいですよね、、

 

 

心の中に大好きでたまらないものって誰にでもあると思うんです、私みたいなキモオタクだと他の誰にも分かってもらえないᐡඉ́  ̫ ඉ̀ᐡみたいに時々泣き喚きたくなるけど、本当のところ頭ではみんなおんなじなんだっていうことよく分かってる(つもり)です。みんなそれぞれ譲れないものがあるよね わからんけどわかる 分かってないとは思うけど

私も昔は今よりずっとずっと頑なで自分に自信がなくていつも自分ってダメだなって思っていっつも気にしいで思ったこと言えなかったり、やりたいことできなかったり、自分のことでも他人のことでもいろんなところが目について許せなかったりそのせいで自分も他人も全部嫌になっちゃってすぐ諦めて、そういう性格だった。今もそういう自分がまだ生きているな、と思う時はあります。というか基本的には変わってないなあ( ᐡ.  ̫ .ᐡ )

具体例エピソードならきりがないほどあるのですが、オタクなのでオタクらしい話にしますと、暁美ほむらがパンツ被ったり古泉一樹が変態にされてたりすることがまじで無理でした。とにかく私は好きな二次元のキャラクタを私と同じ三次元の私と同じ人間にバカにされたり見下されたり下品な出来事や画像を勝手に捏造され全世界大公開されたりすることが耐えられなくて、それでインタネットを全然見なくなりました。

まあ今でも別に格別好きじゃないですが、嫌いでもないです。今は世の中のありとあらゆるものごと、特に人の手によって生み出された全てのものは人には人の楽しみ方、人間としての魅力の追究、利益の追求の仕方があるな、とか時流や世相の学びになるな、と有難い気持ちで見ています。

好きなものが他人の手に渡って、自分の思惑と違った作用をすること、生きていると避けられない出来事だなと思います。まじで小学生の時とか好きな少女漫画がアニメになったからワクワクして見てみたら声が全然あってなくてそういうのだけで普通にムカついていた。爆笑。しかも朝早くて結局起きれないからどっちにしろ見られなかった。爆笑

いまはアニメ自体が全然見れないからむしろどの声もなんか、わあ〜絵なのに声ついててすげ〜!!!!って感じで違和感なくなった。(?)テレビアニメって無料なのにあんなに絵を描いて声までつけて動かしてくださりマジですげ〜よな まじですげ〜〜

私はあんまり優等生でもないし別におためごかしにきれいごとを言おうという気は少なくとも今はあんまりありません 知らん人に好かれようと嫌われようとまじでどうでもいいなと思いながらインタネットでは発言などしています。本当にまじでどうでもいいし。そういう心持ちで言うんですが、今でも、好きなものがコンテンツとして消費されることが耐えられないな、って思うこととてもとてもあります。同時にコンテンツとして生きていてくれるのは有難いことだ、好きでいてくれる人やそれを望む人が本当にたくさんいるんだなと感動しちゃうくらい嬉しく思う気持ちもあります。あとは商業的に利益を上げられるというのも、そのコンテンツのステータスだとも理解しています。

私は好きなものは心の中でずっと大事にとっておいて誰にも汚されたくないと思うほう。トンチキ実写化やクソバカ舞台化やゲロカフェなどが実現したりしてみんなビックリしていてもなんていうんだろう、対岸の火事(??)って思っています。再々再々アニメ化でもどうぞ好きにやっててください。ていうか頑張ってください。と思っています。これまでの全ての好きなコンテンツにおいて私はそういう気持ちです。説明が難しいけど、コンテンツとしてのそのものごとと、私の心の中の好きなものは、別物だなあと思います。どちらかというと怒り狂われていろいろ言われてる側、作ってる側の方がかわいそうだな〜って私は思っちゃう。個人のイラストとか制作と違ってああいうのってまじでいろんな、ほんと〜にいろんな人間や企業やタイミングや思惑や金や金や金や権利や金や権利が関わってるし、まじでまじでまじで大変なんすよ 言う方は勝手だけどつくるのはほんとうにたいへんなんすよ…と、言い訳したいだろうなあ と思ってしまいます。わたしは。作る側はその規模が大きければ大きいほど言い訳する場を与えられないので… いやしらんけどね おくそくです。

とかく私の場合は商業ベースのそういうコンテンツ蹂躙(というと多少なりとも嫌味が含まれてしまいますが)はまあall okです。大人になったというのかな。利益を生み出すことは企業の義務ですしそれにかなう商材を保持しつづけることができる・新たに作り続けることができるというのは、企業のしての他に変え難い圧倒的な「魅力」だと思うので。人間としての魅力に見た目とか中身とか種類があるとして、企業としての魅力の多分一番圧倒的に大きなものが利益を上げられるということ。どんなかたちであっても。それは間違いないと思います。だからそのための努力、そのための試行錯誤だし、okだなって思います。へんてこな格好してるわけわかんね〜キモいグッズとかマジ無理っていう気持ちもなくはないです。ウケ狙いみたいなコラボとかこんなキャラクタじゃないのに…っていうようなおかしなテイストの新規イラスト、またそれを本気で持て囃す人たちや笑い物にする人たちがいる状況を、見ていて苦しいって気持ちもあります。ありますっていうか、心の中の私の昔のままの部分において、許容できてません。でもそれを言ったらもっと許せないものってこの世にあるよなあ、戦争とか…(壮大)それで喜ぶ人もいるし、この世の中いろんな種類の娯楽があってもいいなあと思うし、好きなものを踏み躙られること、それを馬鹿にして笑い物にしたり大喜びで享受する人たちがいることも、平和だからこそだよね。okです。okですっていうかたとえ私がokじゃなくてNGだったとしたって世の中は勝手にすすんでいくものなんですけど。でも今は本当にokです。昔の自分はこういうの許せなかったなあ、と思いながら見ているかんじ。

作る側、作られることよりも、私の精神構造的にはそれに憤ったり大喜びしたり笑い物にしたりしている人達の方が苦手だなって思ってしまう。受け手はリスクを負わないので。まあそれ含めて一種の見世物的にたのしんでいるところは私もあります?インタネット風物詩(??)あとはトンチキ実写映画化は私も好きです。普通にオモロい

最近ゆうゆうはくしょ実写化キャストが日々発表されるの面白すぎて、私は友人と桑原君が横浜流星に命かけてたんですが、まじで誰??!??!すぎて爆笑でした。おもしろすぎる〜

で久しぶりにTwitterとかインタネットで幽遊白書の話してる人たちのこと見てて、しみじみ思ったんだけど、怒って文句言ってる人や面白がってる人やオオコケやん…みたいに冷めてる人や馬鹿にしてる人やいろんな人がいて、Twitterってあんまり本気で思ったことみんな言わないじゃないですか、なんとなく公式だとかセクハラだとかへの文句(?)とか物申す系?はなんかみんな本気で言ってるけど、わりとTwitterの発言って真顔でネタ喋るって感じ、もしくはポエムまで昇華させるって感じで、本気で悲しいとか悔しいとかの日常におけるパーソナル感情はみんなあんまり本音言わないですよね。何かへの文句も伏字にしたりぼやかしてちょびっとだけ言ったりとかするくらいで、ものごとへのネガティブ方面の深い述懐というものあんまりないですよね。(ポジはよくよくみかけます。よいことだね)とても個人的なものだからもっと人目につかないところで喋ってるのだと思うんですけど。Twitterとかって特に変なこと言うとすぐ反感買うし(おこりんぼ多くないですか?!よくわかんね〜変なルールみたいなんあるし、まじで誰が何言ってもどうでもいいじゃん、感じることは人の勝手と私は思いますが)幽遊白書の実写化についても文句とかちょっと不満だなとか怒ってる人もちろんいたし、本当に嫌でも口に出してない人が多いのかな〜ってなんとなく思ったんですが、ネタとか面白がるとかじゃなくてマジ本気の感情でず〜っと悲しんでる人も見かけて、怒るんじゃなくて哀しくなる気持ち、本当にわかるな〜って思った。私はまじで何の関係もない知らん人だしその人が何をどう思って何を言おうと私に全く関係ないことなのに、うれしかった。

私が昔から思っていたのは、怒ったとしても他人の同人誌は変えられないし、それをやるのが権力のあるものであればあるほどそれのフォロワーが増えていって、そうあっていいんだっていう潮流が出来上がっていくのが、何の能力もない自分には止められなくて私の好きなものがたくさんの知らない人にバカにされて悲しかったり悔しかったりしても一人だけ真面目な自分がまじであほみたいだし、まじで無力で悲しい…ということ。更にこんなにもこのコンテンツに真剣なのって私だけなのかな〜みんなからしたらバカにできるレベルのものなんだ 私ばっかりそんなものに真剣になってるんだな って思えて悲しいこと。私からしたらみんなで面白おかしく話をされるのが、なんていうか見ていてショックでした。楽しめる人たちはコンテンツより上側にいて、私はそれを馬鹿にはできないので、私って世の中の最下層だなっていう気持ちになる。本当に本当に悲しかったの思い出します。まあ今も心の奥底の中学生心では普通に悲しいです。好きなものをガチ崇拝してしまいコンテンツとして明るく楽しめないタイプなのは今もなので、常に自分をそれより下に据えてしまう癖大人になってもそのままで、漫画などにまじの真剣になっちゃうのは普通にはずかしいです。逆にそれそのものを通り越して作者とか制作してる団体のことは同じ人間だと思ってる方なんですが。痛バッグ作成グッズ収集オタクみたいな可愛いオタクになりたかったし、いまもなりたいです。だからこそおんなじ感じの人が今Twitterでも見つかるんだなっていうことが、嬉しかった。自分が特別な人間とはあんまり思わないので私が思う同じこと考える人って世の中に10000万人くらいはいるんだろうなっていつも思うけど、見つけるのはとてもとても難しいんですよね

 

話戻るけど

私はなんかTwitterでは似たタイプの人としか交流してこなかったんでみんなわりと好き勝手なんでも面白おかしく話してる人たちだったし身の回りも日常的に会話が割とスラム街(?)なんですが、何かを否定してはならない❕それを好きな人もいる❕みたいなん、まじでバカらしくないですか?なんでそれなら公式や会社や有名人にはすぐ怒って物申して文句言ったりして学級会開幕してんだろ?有名人はまあ私は有名人にはなったことがないのでわからんのですが、会社が自分の製品けなされるのって結構つらいものですよ。自分の同人誌貶されるのの規模が大きくなったバージョンですよ単純に。これは有りでそれは無しなのかよって思ってしまう。別に全部なんでもいいじゃん。

否定や物申しはみんな真剣そうなのでそこまでは反感覚えないんですけど(そこまで真剣に??!みたいに引くときはある。お互い様すぎるが)、笑い物にしてみんなで爆笑wwwみたいなやつのほうが苦手かなあ なんかかわいそうになっちゃう。

どーでもいいじゃん他人のことそんなに 人が人の文句言っててそれを自分は好きだったとしても関係なくないですか? 私は昔からそういう感覚が理解できない 果てしなく他人の好き嫌いと自分の好き嫌いの間に因果関係を見出せない。だって自分が好きじゃないものを好きな人が世の中には星の数ほどいるのが当たり前だし、私が虫唾が走るほど大嫌いなものを目の前で好きだ好きだと発信されるのだって、私からしたら私の好きなものを嫌いだ嫌いだと発信されるのと感覚的にはほぼ同じなんだよな。みんなは違うんですか? わからないなあ もう老婆になってそこまで大嫌いなものって世の中にあんまりないんですけども。この世の全ての形あるものはいつか無くなるし英華も栄光もいつかは色褪せるし300年後にはみんな死んでるしうぜえやつも頭叩き割れば3秒で死んじゃうかわいそうな生き物 せいぜい慈しんでやろうや

私の周りには幽遊白書嫌いが多くて(それも爆笑だが)よく馬鹿にされるし幽遊白書はつまらん、変、とか言われ続けてますが、たしかにつまらんよな、たしかに変だよな、と思う。幽遊白書ストーリーらしいストーリーないしな。服もカラフルで変だ。(突如冷静)まあ私の周りの人は私の身内なのでそのくらいで嫌いになったりするわけないんですが、逆につまらんとか変とか独自の観点で評価してくれてるだけでなんか嬉しくなる。そういう側面あるよな〜と学びを得るし好きなコンテンツに対して更に深い理解が可能 好きな芸能人とかを馬鹿にされてもそういうふうに感じるんだな〜なるほどなるほど、、って思える、ていうか好きなもの話題にしてくれるだけで涙出るくらいうれしい(孤独)

でも確かにキャリアの長いロートルのアーティストや小説家をいつも同じ曲!いつも同じ話!と言われると多少むか!!!ってするかも 長く続けるのが一番たいへんなんだぞ😠!

でもまあ新しいものを取り入れてゆくのも人間大事だよね 人間細胞のひとつひとつ生まれ変わりながら生きているわけですし、時代は変わってゆくからね

 

いろんなものを一つの知見としてそれも分かるなあ、と思えたらいいなあ そのために知識教養経験って必要なんだろうな 常にいつもそういうひとになりたいものだな〜やっぱり死ぬまでもっといっぱいガリ勉しよう。

 

 

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特に意味もなくいけふくろうのポスト かわいい

銀河通信

この間、本当に偶然、人の家でテレビつけたら幽遊白書テレビアニメーションをやっていて、それが最終回でした。

私は昔から紙媒体以外にあまり強く執着できないほうで、嫌いなわけではないのですが、すぐに飽きてしまいます。特にアニメーションだと作業しながら流しておくくらいにしか見ることができません。10秒のストーリーを必ず10秒かけて視聴しなければならないことが私の脳のスピード感覚的に合ってない。絵と動きと声とで情報量多いのに早くないですか??!無理!の時とどーでもいい動きとか静止画永遠とやってておっそ!本筋と関係ない!はよすすめや!!の時があって大変。愚鈍なので断然前者の時間がほとんどで、速すぎるからエ?!まだなんも分かってないですが?!とか言っても聞いてもらえなくてさっさとすすんじゃうし(あたりまえ)わかんなくなるしこれだれだっけ?みたいになってもう諦めちゃう。それでも映画作品などではわりと見てきた方なんですが、原作漫画のアニメ化やメディアミックスは公式に会社を雇った同人誌くらいの認識でいるので、人には人の解釈だな〜こういうふうに切り取ったんだな〜って気持ちで、不平不満感じたりすることも特にないかわりに、どんなに好きな漫画や小説でもそこまで熱心に視聴してきたことがありません。あくまで熱心に見ないってだけで、全く視聴しないわけでも全然興味がないわけでもないです。

幽遊白書もアニメ多分全部見てません。というのも、はるか昔、TSUTAYAでDVDを数巻ずつレンタルして見ていたのですが、なぜか借りてる途中でそこの店舗が幽遊白書の扱いをやめてしまったんです。今思い出しても爆笑。いや棚がいっぱいになっちゃうから動く頻度の低い古い作品から落としていくのもわかりますけど、リアルタイムで1から借りてる人がいままさにいるのに棚から消しますか??!?!返しに行って次に借りる巻探しに行ったら、何回見ても、遊戯王とかの次がるろうに剣心で、あれ〜?ってなったのまじでよく覚えてます。まじで爆笑の記憶。いやほんとになんで今??!?!まあとにかくそこで一旦途切れてしまってその後続きを見る機会を逸しました。あの頃はアニメを見る体力というかアニメ力(?)があったのでいけたんですが、最近全くアニメというものを見ないので、今から全部は難しそう〜死ぬまでに見たいけども。。魔界の扉編の少し先まではそのレンタルで見てて、その後の話をほとんど見てないので、私は躯さんや黄泉さんのカラーリングがまじでここ数年くらいまでさっぱりわかりませんでした。10年近くも幽遊白書の絵を描いたりしているくせに。まあ今も描けと言われたらそらで描けない程度には自信全くない。黄泉さんはなんとなく声が思い浮かぶが(脳内の勝手なアフレコかもしれん)躯さんは声もよく知らんくて、なんかの時に急に聞いたらえ??!こういう系の美女なんすか??!??!ってビックリしたなあ。なんかもっとドール系の美女かと思ってた、悲劇の美少女戦闘サイボーグ的な、、?(?)まじアニメの躯様美女ですね いや漫画も美女だけど声がつくと人物造形にまた厚みが加わってこういう類型の美女なんだな〜・・と理解が深まる

そういうわけでテレビアニメ幽遊白書に関してはさっぱりめの知識なのですが、何故か最終回それだけは2回くらい観たことがあります。だからこの間で3回目かあ。あと魔界の扉の好きなシーンはありえんほど一時停止しまくって画面を写真撮りまくって何度も見たので10年ほどは前ですがよくよく覚えています。まじで大竹がコエンマ様詰めた時にゆうすけが大竹蹴散らしてんのハ???彼氏ですか???!!だしそれ平然として受け止めてんのもコエンマ様守られ慣れてる姫ですか??!!??!?!すぎて気が狂うかと思った 漫画のほうが姫だった 姫というか谷間に咲く一輪の百合の花滅多なことでは動じない涼しげな雰囲気を纏った歳上上司の月から降りてきた高貴な姫だった アニメはびっくりした顔しててそれもまあ良かったというか涙流してスタンディングオベーションするに値するかわいさ美しさでしたが、、いや魔界の扉はまじでコエンマ様への執着を捨てきれない元彼が捨て身の覚悟で会いに来てゆうすけが命懸けで助けてくださる話なのでこえんまさまは終始姫でヒロインで荒野に咲いたアゲハ蝶近づくことはできないオアシスなのですが、、、、プーの背中に乗って(座り方が姫)幽助を頼もしそうに見上げているこえんまさまもまじで姫 ていうかまじで姫すぎてわけわからんかった あの回を見て脳が死滅したので今でも自分が生きているのが不思議で仕方ない

でも私こえんまさまは基本的に暗黒武術会の時が一番なんだよな〜あの頃の余裕綽々高嶺の花この世の美の概念の具現化髪の毛サラサラ色白美女生まれながらの貴族の風格気品品性高貴すいもあまいも噛み分けた大人のシビアな一面強さと優しさを絶妙なバランスで併せ持つ懐の深さと滋味と魂の格の高さと知性教養経験から生み出されるインテリジェンスに満ちたユーモア飄々として掴めない歳上の人何百年も地獄を眺め続けてなお保たれる精神の気高さ絶対絶対絶対絶対絶対届かない別の世界に生きている超届かない大人の人感がまじでまじでまじでまじでまじでまじでまじで素晴らしくて涙が出るほど最高 本当に辞書に載ってる賞賛表現を一つ残らず使ってもとても言い表せないほど最高本当に暗黒武術会のこえんまさまはこの世界の神々が一堂に会しこの世の全ての素晴らしさの概念を寄せ集めて作り出された宇宙誕生以来この先もこの後も未来永劫決して生まれることのないであろう最高傑作の芸術品 ていうかなかみがもうこれ以上ない生命体として最高の極地の完成度なのに外側もルーブル美術館に防弾ガラス100枚重ね永久保存作品なのまじで神の配分頭狂ってる。まじで暇を持て余しすぎた銀河系全ての神々による#深夜のお絵かき6000000000万億兆年一発勝負タグ最優秀作品としか思えん 本当に本当にまじでもう今後何年経っても地球が滅亡するまで頑張っても全世界全宇宙の神々が汗水流して必死でこの世の全ての資材をこねくりまわしても暗黒武術会のこえんまさまのような存在はもう絶対つくれないと断言できる。それほどまでに奇跡的にこの世界に出現した芸術作品。作り出してくださったイデア界の神々、それを人間にあまねく知覚できるよう紙とインクで懇切丁寧にわかりやすく表現に落とし込んでくださった漫画家とがしよしひろさん、銀河系最初で最後の深夜の一発勝負タグを開催してくださった主催様、この世界のすべてに感謝 

いや でもだからこそ魔界の扉のこえんまさまがだめってわけではなくてそれがあるからこその元彼出てきて急に取り乱してるのが歳下をいつもは余裕風吹かしてからかってくるくせに突然誰にも見せない心の弱さをチラ見せしだして若い男を虜にする百戦錬磨手練手管の実は守ってあげたい系歳上美女すぎて最高なんかな?(?)わかりません。正直ちいさいこえんまさまと大きいこえんまさまが同じ人物というのもわたしはあんまりよくわかってないし、暗黒武術会のこえんまさまと魔界の扉のこえんまさまも別人?みたいに思うし(でもその突然の変化もいいな…というかまじで涙流して拍手しちゃうくらい最高だな…とも思う 本気で)、つーか蔵馬と妖狐?と南野秀一とかも何度考えてみても「???」だし、正直作者適当にイケメン出しまくっただけでは(?)みたいに今でも思う時はある。まあ少なくともいついかなる時もこえんまさまは素晴らしくて最高の存在なので特に気にしなくていいか(?)妖狐も蔵馬もいけめんだしまあいいな(いけめんは全てを解決)

あと暗黒武術会のとき父親のいないゆうすけを嗜めてくれるのってこえんまさまくらいだなって思って寂しくてすきだなあ あとこえんまさま胸ぐら掴まれてもめちゃくちゃ平然としてんの超〜〜〜大人の余裕 色気 気品 貴族 もう天才 ノブレスオブリージュに手足が生えた存在

閑話休題幽遊白書のこと何年も前からとてもとても大事に思っているのですけど、本当にこんなに大切なものが心にあるのって幸せなことだなって思うのと同時にまじでつらいなあって本当に本当に息をするたびに思います。まじで記憶消して来世では絶対絶対幽遊白書だけは死ぬまで読まない人生にしたいと100億万回考えて生きてきた人間なので、幽遊白書関連の本物を手に取ったり見たりするだけで精神負荷がすごくて、アニメーションは他人の同人誌とはいえ、あのオープニング音楽とか見るだけで情緒バグっちゃって何度か見ようとしては本編まで行けずに止めることの方が多いです。ジャンプコミックス幽遊白書という漫画もまじで2年に一回6ページくらいしか読めません。まじで読むと情緒がバグって1ヶ月くらい頭が複雑骨折していつどこにいても道端でしゃがみ込んで大泣きしそうになるキチガイ化してしまうので…

絵を描いたり小説書いたり、同じ趣味の人と話したり、自分がそれをどんなふうに好ましく思っているか、どこがどう好きなのか説明したり話したりするのは心が慰められるというか、個人的には行為として好きなんですが、結局最後には自己嫌悪しちゃう。昔あまりに頭がしんどすぎて、小説とか絵を描くのと別人格でガチ恋アカウントをやってたんだけど(ガチ恋しながらキャラクタを絵や小説のコンテンツ扱いするのが私には無理だったので)普通にどっちにしろそんなんでいいね!とか言われたり誰かからの共感を得たりしてもそんなことしたいわけでもないんだよなあ という気持ちになってしまって難しかった。他人がやってるのはまじで別に全然okだしそういうのを品がないとか下卑てるとか馬鹿らしいとか思うこと全く全然ないのに、自分がやった途端許せなくなる。ᐡඉ́  ̫ ඉ̀ᐡ老婆になり心の折り合いがつき始め…というかいろいろと諦め始めて、こんなに星の数ほどのデータ死んだら私の端末に永遠に残ってて結局ゴミだしなんなら身内に見られたりすんの??!(まあそれは死んだら恥ずかしくもないのでもはや別にいいけども)と思ってそのくらいならインタネットに流しておくかあ。( ᐡ.  ̫ .ᐡ )っていう気持ちでやりはじめたけど、時々無性にやっぱりこういうことやりたいわけじゃないような気もするなあって感じちゃう。話し言葉なので無意識に使うかもしらないけど、私は幽遊白書やそのなかのとりわけ好きなキャラクタに関しては好きって言葉あんまり使わないようにしてます 幽遊白書にさえ出会わなければ…というかゆうすけがこえんまさまを殺してくれさえすればこんな気狂いにならずにすんだのに…と今でもまじで思うし、一生死ぬまで考えると思います 本当に

幽遊白書のアニメの最終回、漫画もなんですが、まじでこえんまさまも水遊びしてほしかった つーかまじでまじでまじでまじでゆうすけにコエンマ様ころしてあげてほしかった。だってまじでそれ以外むりじゃないですか??!こえんまさまが幸せになるのは まじで水遊びしてる場合ではないが? いや殺すのはむりでもせめてこえんまさまにプロポーズしてほしかった まじであそこまでしておいてこえんまさまにプロポーズすらしないうらめしゆうすけ、頭狂ってるとしかおもえん サイコパスにもほどがある そこが好き

うらめしゆうすけって普通に全体的に頭狂ってる人間として描かれていると思うんですけどまじで人間生身の拳で殺してから「くそ、殺すしかなかった…」とか言ってんのまじで頭狂いすぎてて涙出るくらい好き 中学生なのに人殺しといてなんの恐怖も感慨もなく相手を止める手段として殺す以外になかった、殺したこと自体じゃなくてそれに対しての悔しさしか出てこないの、まじで最高にサイコパスすぎる 昔から私好きなタイプといえば優しい人間と、あとサイコパスなんですが、優しいからといって虫も殺せないみたいな優しい人にはあんまり惹かれなくて(そういう人にもそういう良さがあるが)、それからマッドサイエンティストみたいな犯罪者とか人殺しとか冷酷無慈悲なクール男とか二面性の残酷殺人鬼みたいなやつもどちらかというとクソダセー!!!と思ってて(まあそれにもそれの良さがあるが)、私が好きな優しい人は人間なんていつでもいくらでも殺せるけど何があっても絶対殺さない人です。マジのマジで優しい人って常に人を傷つけない人なので、それってクリティカルに人を傷つける方法を誰より熟知してる人のことだから、本当にやらない分、理性の鉄壁さ含めて真の意味でサイコパスだと思うなあ。(頭悪いからサイコパスの意味をもはや履き違えている可能性ある)。

精神力があまりにも強靭すぎて常にその足で立っていられるから憐れにすらなる人 考えが深く遠く及びすぎて初めから不幸と分かってる選択肢すら選べてしまうかわいそうな人、好きだな〜 だからこそこえんまさまが魔界の洞窟で絶望して膝をついた瞬間のことめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃ衝撃的に好き(結局こえんまさまの話)

いやまじでこえんまさまっていつも大人で高嶺の花の余裕綽々で人をからかってくる歳上美女のくせに突然歳下男にしなだれかかってきて憂い顔してくるのまじで罪すぎるしおしゃぶりを外すと表情が幼げで金髪碧眼の西洋ビスクドールエドワードファーロングなのあたまおかしい。仙水忍くんはたぶんそのせいで人生が狂ったが(本当にかわいそうだと思います)うらめしゆうすけはそういうこえんまさまのこともためらいなくぶっ飛ばせるし弱ってもう諦めてしまいそうなこえんまさまにあんな上目遣いで見つめられても脳細胞を破壊されないので精神がキチガイじみて強靭すぎてまじですごい。まじでリスペクト。 いや本当につくづく考える。人生で380億万回は考えたと思うけど、久々に改めて心底思う。私ならあの瞬間体が勝手にヴァンクリを買ってひざまづいてこえんまさまにプロポーズしてしまう。まじでゆうすけはすげ〜 15歳だかそんなでしょ??!!!?!まじでありえん 何をどうしたらそういうふうに育つわけですか? 私には到底一生死んでもスパゲティ鼻から食べて町内一周裸で逆立ちしても宝くじ5億円当選してもApple買収しても中華統一して秦の始皇帝になってもこえんまさまとは結婚できないのにゆうすけはそれができる なのに絶対結婚してくれないしまじでお前〜〜〜〜〜・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まじで唇噛み締めて血がダラダラ出るほどうらめしゆうすけのことが羨ましすぎる そして自分には到底叶わない存在なのでリスペクトすぎてかっこよすぎ・・・・・・・・になる はあ(オタク早口)

そういうさまざまな素敵なシーンも読むと脳がグチャグチャになって1ヶ月くらい人間生活ままならなくなるので思い出すばかりで(つーかあまり深く思い出すとそれだけでもしばらく生きてるのがつらいので思い出さないように生活している)、記憶の中でこえんまさまのことまじでこの世の神々が暇を持て余して趣向を凝らした芸術品の最高傑作だと思ってるから私の脳内では超超超美化されてまじで目も当てられないほど(?)の美女になってて原作ではそこまででもないんだろうなあ〜って思いながら数年に一度魔界の扉編のページを開くのですが、するとまじで私の脳内の1000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000こうがしゃあそうぎなゆたふかしぎ倍美しすぎるコエンマ様が印字されているのでマジで気を失い意識朦朧目眩立ちくらみ動悸息切れで死ぬ ていうかゆうゆうはくしょにコエンマ様が出演されるのまじでいみわからん そんな…そんな国民的超有名漫画にご登場なさってくださっているなんて・・・・・・・・・??!??!??!みたいな気持ちになる 10年前から思ってたけど今も変わらず全く変わらずなる いやまじで、エルヴィスプレスリーが突然Mステに出演してますが??!??!ってかんじになる。この前映画見ました。長かった いや感動っていうかこえんまさまってこの世界に存在して私以外にも認知できる存在だったんだ…という小さからぬ衝撃がある 私の脳内の幻なのかと思ってた こんなに素晴らしい存在がこの世にあるとは思えないので… でもあるんだ 本当に存在するんだ すごいな〜みたいな感じになる

 

なんかこうやってラリってベラベラ喋っても後から好きなキャラクタをこんなふざけた雑談のタネにして遊びたいわけじゃないんだよなあ、、と悲しくなって自己嫌悪おちいるんだよなᐡ߹𖥦߹ᐡ これを100億回繰り返して今に至るのだがまるで成長していない(安西先生)この記事の中ですら3回目くらいだなこれ言うの。まじで本人にガチプロポーズして玉砕してそれでも死ぬまでずっと好きでいて今際の際にも思い出したい。ていうか来世ではまじでゆうゆうはくしょ界に生まれかわって19巻かけて永遠に毎話ごとにプロポーズし続けて最後には熱意におされて受け入れてくれて最終回で結婚式をしたい まじでそれしか無理です 他にやりたいことが思いつかない ず〜っと永遠に心の中のひきこもりしかできないᐡ߹𖥦߹ᐡ いやほんとにつらい。ほんとにほんとにほんとにつらい。マイナーだからこうなるのかな〜〜 いやでもマイナーじゃないキャラクタやカップリングでも、なんかキャラクタをコンテンツとして取り扱いできないタイプなんだよなあ昔から キャラクタで遊べないです。バカクソガチ恋女ᐡ߹𖥦߹ᐡ 全然全然、同担拒否では全くなくてどちらかというと同担大好き人間なのだが(趣味いいですね??!??!!!?!まじわかります!!!!!!!!!!の気持ちになる)他人はどうあれ自分の問題でして キャラクタにもうしわけなくなっちゃう 許可も取ってないのに勝手に全世界に公開して笑い物にするような見下すようなことをしてしまいすみません、、ってなっちゃう たまたま三次元に生まれてしまっただけでなぜこう一方的に失礼なことできる立場なんだろう(  •̥ ˍ •̥  )つらい(  •̥ ˍ •̥  )みたいなこと昔から考える。(狂人)なんか別にそのキャラクタのファンとしての第一人者!!!TO!!!とかになりたいとかでは全然なくて(それになるのもすごいことなので私にはもしたとえなりたくたってなれる気もしませんが)まじで私がやりたいことはキャラクタ本人にどれだけ素晴らしい存在であるかということを永遠に伝え続けたい ていうかまじプロポーズして振られたい まじで本気でやりたいことがそれしかないのに、残念ながらそれだけはやる方法が生まれた瞬間からひとつもなくてどんなに頑張ってガリ勉したりスポ根したとしても絶対無理でできる可能性も死んで来世に万が一の期待をしない限り永遠にゼロ まじでクソ無理ゲーすぎん?!まじでそれに比べたら現実の大抵どんなことも努力で解決できるからちょろすぎる。いやまじでゆうゆうはくしょにさえ出会わなければこんなこもにやらなかった。ゆうゆうはくしょを読んでしまったせいであまりにも理不尽な人生を強いられている。前世でどんな罪を犯したらこういうことになるんだよほんとに 死刑囚の獄中の罰より酷いよこんなん

本人にラブレターが書けたらいいのにな、という気持ちをこめていつもはお話や絵をかいてます

私はとにかくず〜っと、こえんまさまのことを誰かにかわいそうだと思ってあげてほしい 直接的に何かしなくたって(してもまったくもってokというかまじ最高ですが)せめても哀れだと思ってほしいとひたすら思ってて ていうか私がこえんまさまのことを生きてるだけでかわいそうだな〜と常に思ってるので同じ気持ちで誰かいてほしいと思ってゆうゆうはくしょのことを常に考えてました。過去形を用いましたが、今でも全く変わらずそうです。カップリング?という世の中の概念にあてはまるのかわからないけど、そういう誰かがいたらいいのになあ、そうして多分それってぼたんちゃんしかいないなあ、というふうに思っています 私はもうめちゃくちゃ死ぬほど寝ても覚めても考えるほどていうか三日三晩眠れなくなるほどご飯も喉を通らなくなるほど、幽コエがすきなんですが、ゆうすけにそれを期待できないんだよなあ それもつらくてもどかしくてまた好きですが(  •̥ ˍ •̥  )

この感情を今よりシャキッとした頭でまともな文章で昔の本のあとがきにかいたことがあるんですけどそれを思い出すとまじであの頃の自分でずっといよう って思います。というか本当に一ミリも考えることが変わってない なんといっても原作漫画が遥か昔に完結してもう変わることがないから思うことも変えようがないな 今からどんなに頑張っても絶対絶対絶対最終回変えられないもんな つらい でもそこがすき

 

オタク活動(ソフト)ってわたしのなかではかなり常にずっと心の辛いことで、なので他人と共有したい、できるかもしれない、などと思うことが本当にあまりない。オタク活動(ハード)は常にバリ楽しいが、オタク活動(ハード)って認められること!好きになってもらえること!なかよくなれること!が嬉しいから、なんか全然別なんだよなあ 本当に難しい。あいかわらず言葉ではうまくいえません ラリっているし

こういう思ったこと喋るのも、たとえば同人活動してる人からしたらそれを否定された気持ちになるのかもしれないなどとか考えると心苦しいというか、なんかなんもうまくしゃべれないなって思っちゃう。ᐡ߹𖥦߹ᐡ 私はグッズとか実写とか映画とか個人の同人誌とか活動そういうのはまじでなんでもokって思ってます 人には人の人生、楽しいた思うやり方、魅力の追究、利益の追求があると思うので。ていうか同人活動自体は私も大好きで、この先の人生でもいつかまたしたいと思ってるし。横浜流星とかふざけて言ってるけど、まじでどうでもいいから面白がって言ってます。(説明するのも野暮ですね)どうでもいいっていうのは、all okの意味です。キャストや演出がどうであれ、喜んだり怒り狂ったりするほど興味関心はないし、ないというか、他人の同人誌には基本的に他人は干渉できないと思っています。他人の同人誌は解釈違いが当たり前で、解釈どころかやる目的や意図も違うし、きりがないので。人間みんな解釈違い、それが世の中のよいところです。でもこえんまさまは長澤まさみがいいです。

 

あとは本当に幽遊白書のことを深く考えると懐かしくて死んじゃう。本当に懐かしいです。大好きでした。本当に本当に懐かしい。幽遊白書のことや幽遊白書を大好きだった自分のことやそれに付随するいろんな思い出が本当に懐かしいです 今も大好きだし死ぬまで多分そうですけど、いつかは死ぬので先に過去形をつかっておきます。まじでなんでこんないつまでも一ミリも変わらず同じ感情で幽遊白書や好きなキャラクタに熱意を傾け続けているのか、病的に、自分でも本気で分かりません。多分ゆうゆうはくしょやキャラクタたちが絶望的に絶対のバッドエンドだからだな〜というのは一つの推察です。絶対幸せになれないな かわいそうだな といつまでもおもってしまうので。まああとは普通に超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超超好きだからですね、、(普通)

色々やるのも楽しいけど、やっぱり心の中で考えるだけ、こんなことあんなことあったかもしれないしなかったこもしれないしあったらいいなあ 見てみたいなあ この隙間でこういう出来事があったかもしれないな あったらいいな なかったらいいな などということ一人で考えるくらいが私にはちょうどいいなあ たまに気が向いてどうせいつか死ぬからな〜って書いた小説とかインタネットに公開したりするけど。でもやっぱり心の中で思うだけ、考えるだけが一番好きだなあ それが一番やりたいことに近いなあ と感じるし、一番最初の気持ちに一番近いなあ ず〜っと変わらないふうでいたいなあ 好きなものについて やっぱり初心を忘れずにいつまでもいたいな 人生(壮大な人生論)

 

ていうか久々に幽遊白書のことをこんなにたくさん真剣に思い出したので既に心がつらくてしにそう 精神の墓場幽遊白書

あとからあとから思い出してつけくわえまくってたらあれもこれもとっ散らかりで同じこと何回も言ってて痴呆老人のラリ文章。いつもだからいいか

でなんか今日もテレビアニメ幽遊白書を見て泣いてました。f:id:loveletter2:20220718095914j:image

どえむなのかな こえんまさまかわいかった

おわりです。

 

寂しくなったら名前を呼んで

この間はこんなメールが

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来まして、ムチャクチャムチャクチャムチャクチャ無性に夏コミケットに出席したくなってしまったな。ていうか申し込みさえ忘れなければ夏コミ出たかった予定だった。(日本語)冬はどうかな〜まあ無理そうだなあ、というかもうしばらく数年は無理だなあ。去年はまじでたまたま出られた。楽しかったな〜 まじでまた5年後くらいに出たい。5年後はむりかあ、10年後、、10年後にコミケット始めとしてそういうオタクイベントがどうなってるのか想像つかないけど、案外あんま変わってないんじゃないかなあとも思う。

てかオタクとして血が騒ぐのでオタクイベントには出たいんだが、何をやりたいかと言われると困るって感じがある。好きなキャラクタの可愛い絵とか漫画とか小説かきたいけど、まじで私は漫画キャラクタに人間としての尊厳見出してしまうタイプのヤバいオタクなのでなんか本気で申し訳なくなってくる。申し訳ないっていうかこういうことをしたいんじゃないんだよな〜って延々考え始めちゃう。でも好きでたまらないものに関して一人で考え続けるのも頭が死んじゃうんだよなあᐡඉ́  ̫ ඉ̀ᐡ まあ一人で考えても100人で考えてもつらいものはつらいのだが、、

なんか昔はこういう関連のことについてもまじ真剣に考えて常に悩んでたけど最近もうオタクができないのでまあいいかあ🌷になってきた。いいかあ🌷っていうか、よくないんですが、とりあえず生きてる限り永遠に人間に孤独だしまじで自分の中の楽園に住み続けるしかないなあっていう当初の結論に普通に落ち着く。まじで生きてる限り人間って孤独だな〜ということ、好きなものに関して考える時に一番強く思うなあ。絶対絶対、誰とも共有できないって思っちゃう。頑なに頑固に拒絶してるわけじゃなくて、むしろ自分が他人に関しては「分かる〜!」みたいな気持ち軽率に抱くくせに、でも実際のところって絶対絶対絶対誰に分からない。多分分かっていないんだろうな〜と思いながら、それでもわかるな〜って思うしかない。世の中ってわりとそんなんばかりで、中身内容ことこまかに一から百までおんなじに理解できなくても、なんとなくわからないけどわからないということは分かるなあ、という認識が一番理解に近いって感じする。誰とも共有できないくらい好きなものが心にある人の心境や生きる心構えみたいなもの、それだけは分かるので、まあこれもひとつの人生の中で得た大きなものなのかもしれないな

バチボコ壮大な話になってきてもはやオタクとかけ離れた内容になってきたんだけど、私はフィジカルに基本あんまり興味がなくて、なので人の顔も覚えられないし髪型とか服とかわりとなんでもいーじゃん派、だって人間は水槽に入った脳なんですよ??!?!脳だけで何十年生きなきゃならないんだから知識経験が蓄積されないと暇で仕方ない。最近そのことをよく、また考える時期になってきた。やっぱり生きる意味っていうか、人間が人間として生きて死ぬまでの最後の目標って、人間としてとにかく最大限に魅力的になることそれしかないなあって思う。お金とか権力とか地位とか財産とか他にもいろいろ大事だけれども、まあいつかは死ぬし死んだら全部なくなるし、いつかは必ず死ぬ人間として生まれた以上は人間として生きることそれ自体にとにかく最善尽くすしかない。結局人間として各々魅力的になった結果として付随するのが諸々の財産ってかんじ。(もちろん財産を持たない人間は必ずしも魅力の無い人間というわけではないし、その逆も然り)人間としての魅力が表情や会話や言葉や絵や文や服装や仕草やセンスにもはしばしに現れるからなあ。(もちろん、表象が巧みであれば必ずしも人間として好ましいというわけではなく、その逆も然り)まあ魅力にもいろんな種類ありますしね。

まあいつか死ぬし消えるしってそれを言ったら自分自身だってどんなにいろんなことやってもいつかは必ず死ぬんだけど、周りの人に少しでも覚えていてもらえる。魅力って忘れなくないですか?!私はとにかく大好きだった人、そのうち大嫌いになっても、大好きだった部分とか尊敬していた部分のことはかなり永遠に覚えています。そういうのをかき集めて自分が最強の魅力人間になりたいと思っている。(野心)魅力魅力ってそんなモテたいんですか?!?!って思われるかもしれん、たしかにまだまだまだまだモテたい。(正直)でもそれよりなんというのだろう、憧れに届きたいというか、自分的に納得をしたい。実際より事実より、心の納得がこの世で一番なにより大切ではないですか。私は物心ついた時からそう思っていたので、ジョジョ6部を読んだ時、同じふうに思う人がこの世にいてくれるんだなと感動しました。(でもこれも一人で勝手に分かったつもりになっているだけで向こうは同じ気持ちではないのかもしれん)

また瞑想ᐡ߹𖥦߹ᐡ 瞑想も心のコンディションで上手く出来る日と出来ない日がある〜 最近忙しいな おわりです。

 

 

kisshug

(これは6/26に書きかけで放置してあった記事です)

 

このあいだこんなメールが

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来まして、またラリっていつのまにかブログ書いて自分の記事に自分でいいねしたのかと思いビックリした。こんなことでいちいち、、連絡マメだな〜〜はてなブログさん 見習います いつもありがとうございます

 

 

マメな女 はてなブログさんに絆され今日は最近の考えたこと思ったことを書こうと思います。

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本日は1000年ぶりに秋葉原に来ました。大学生の時秋葉原でバイトしてたんですよね 別にどこででもできる普通のショップ店員。秋葉原が乗換駅だったのです。

いや今思えばせっかく秋葉原でバイトするなら萌え産やっとけよ!!の感もある。当時の私からしたら秋葉原=オタクの認識もう普通に古くて、秋葉原ってジャパニーズオタククールカルチャーの観光客向けテーマパークなんだと思ってた。今もその側面は少なからずあると思うんだけど また新しいアキハバラ文化が形成されている気もするなあ。あと実際マジのオタクが実用的に買い物しにくる率も高まってる気がする。インバウンドが収縮してからなのかなあ、わからんけど

秋葉原ってそういえばコロナで外人減って街どうなってるんだろ?って時間できた時に散策したんだけど、まじのまじのまじのまじで暑すぎて何も覚えてない。あと大荷物持ってたのもあり首を寝違えた肩が痛すぎて右しか向かなかったから周囲の人も右にいた人しか見えなかった。(?)とりあえず私の右側には日本人が多かったですね 人の数も多かったですね 少なくとも右側には、、

オタクの使命として秋葉原に行くと必ず何軒か大きいオタクショップを上から下までフロア巡回するんですけど 本当に年単位でたまにしか来ないから来るたびに如実にトレンドがガラリと変わっていて面白いです。てか店の中まで入らなくても電気街のほこてん歩いてるだけで面白い〜 こういう絵とかアニメの動きとか声とかが流行ってるのか〜こういう系がいまの「かわいい」なんだな〜とか思える。(学者)移り変わる世界で唯一化石のように君臨してくれるまんだらけコンプレックスのことが私は一番好きですね 変わってしまったものもあるけどね 変わらないものの方が あなたもあたしも多いよ…

こうやって年単位でオタクショップ巡回して時々古〜〜〜い同人誌をジャンル問わず買うんですけど(新しいのもたま〜〜〜に気分で買いますが 男性向)、今日棚に刺してある古〜〜〜い同人誌の中で圧倒されちゃうくらい素敵な表紙の本に出会ってしばらく眺めて立ち尽くしちゃった。今思い出しても、素敵だったなあ 買わなかったけど。次の棚行っても、思い出して戻ってきて何度か眺めちゃった。びっくりするくらい素敵だったなあ。

いろんな本の表紙眺めてあらためてしみじみもう絵はかけないなあ、(残念だけど)ということも思った。素敵な絵を見ても、私もこういうのかきたい〜!っていう気持ちより全然、ウワ〜こういう絵を書く人間一個人に圧倒されてご飯食べられなくなるくらい夜も眠れなくなるくらい昼夜飽きるほど傾倒して憧れてえな〜!!!!!!!!!!!!!という気持ちにしかならなかった 前の記事でも書いたんだが、私はもう絵とか線とか色彩ようするに視覚情報それのみにそこまで心を傾けるには歳を取りすぎた。絵を描くってまじで労力と勉強がやばいくらい必要なので、その方面に専念するには何かひとつの絵、もしくは何か絵を描く特定の人への執着じみたひたむきな感情、恋といって良いくらいのものが必要なのだと思うのだが、それがもうできんのだな〜ということをしみじみかんじる。老婆

で、そういうことを考えながらまんだらけコンプレックスさんを後にして秋葉原巡回を続けていたら、15年くらい探し続けていた人に再会して、それもまた割と大きな出来事だった。再会といっても本の形でなのですが。今どこで何をしているのかなあ、と残された文字を追いながら考えること、私は中学生の時に芥川龍之介さんに恋をしていたので、結構そういうひとりでやる寂しい遊びが好きですねえ 

本も漫画も読む時間は必ず絶対一人だから、それが好き。さみしいじゃないですか。映像媒体と決定的に違うのがここだと私は思うなあ。私はかなり幼い頃から古い本や漫画、映画、アニメや音楽が好きで好んで親しんでいたんだが、古い映像や音楽は当時の文化風俗がしのばれて、当時の人達がこういうのを見て楽しんでいたんだな〜、こういうテイストが街に溢れかえっていたんだろうな〜、分厚いテレビで決まった時間にチャンネル回して見ていたんだろうな〜、って時代の市井の暮らしに思いを馳せることができるのがいい。他人と共有することにより意義があるし、リアムタイム感というのかな。映像や画像はやはり瞬発力がありますね。それに対して本や漫画などの紙媒体は、というか媒体としての文字は、ていうか“文字によって伝達できる概念情報そのもの”には時間による経年変化がない。だからいつ何時もページを捲るとそれを書いた時のその人に会える。もう絶対会えないけど何故か会える それが好きだなあ。

文字による伝達は情報というより、時間と空間を超えた個人の心の対話。なぜかといえば、文字や言葉には線の繋がりや色の混ざり合いのような偶然の産物がないから。一つの言葉、語尾の一文字、改行の一つ選ぶのにも必ず絶対発信者の意思選択がある。だから好きだなあ 言葉を丁寧に使う人のこと本当に好きだな

 

最後の2段落くらいは今書いたんだが眠くてラリっていてあんまり文が書けないのですみません、、最近寝ても寝ても寝ても寝ても寝ても眠い。扉の向こうの兄弟の分も眠ってるとしか思えないな。暑いから元気になっては来たけど6月の疲れが全く癒えてなさすぎてやばい。まじで早くプールで泳ぎたい(夏女)

扉の向こうの兄弟ってなんすか?!という話なんですが鋼の錬金術師の映画この前見ました。トンチキ漫画実写見て爆笑するのが好きなので1作目見てもないしいつやってたのかも知らんくせに物見遊山で(?)2と3見に行ったんですけど、期待を裏切られすぎた マジ衝撃的なくらい良かったです。マジでものはためしに見てみた方がいいですよ がっかりしたら1800円私が返金します

マジで無理なキャストが全くなかった はがれん実写において多分ロイマスタングさんとかがかなりキャスティングのキーになるところだと思うんですけどこれはこれでいいじゃん…でしたよ ほんとに 

鋼の錬金術師、漫画の最後の方ムズくて何回かは読んだのに全然覚えてないんで最初の方ばかりの記憶にはなるんですけど、映画見てて内容とかより鋼の錬金術師を大好きだった頃のことを思い出して割と終始涙ぐんでた、、まじで今でもついこの前の出来事のように悲しい マースヒューズ中佐が死んじゃったこと

鋼の錬金術師ってまじでわりとみんなかわいそうで、死んだお母さんにもう一度会いたいどうしてもまた会いたいって幼い子供達が寂しくて心からそう思ってしまったら、自分のせいで失った自分の子供の命を何を犠牲にしてもまた取り戻したいと思ったら そんなの方法があるなら何でもやってしまうよな 当たり前だよな…って思っちゃう 少なくともそう思い続ける気持ちは罪ではないよなあ、と思っちゃう つらいけど。死んだら全部終わりだけど、命あるかぎりは死なないように本能が生きるし、生きてると死んだ人のことずっと覚えてなきゃいけなくて、生きてて命があって心があるのってそれだけでなんて可哀想なんだろう 本当に生き物って息してるだけで可哀想だなあって思ってしまう。いや絶対絶対やっちゃうな私なら。別に全然自分が死んでもいいからやる。好きな人は生きていてくれるだけもん。それでもやっぱり死んだ生き物を生き返らせることって絶対できないしできるかもしれないなどと考えることすら罪深いのがこの世界なんだな〜 と深々と考えた かなしいな 何をどうしたら死んじゃった大切な人にまた生き返ってほしいって強く思わないですむんだろ 無理ですよそんなん

私がロイマスタング大佐だったら絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対マースヒューズ中佐を人体錬成したな ロイマスタング大佐はそれをしなかった それがまじですげ〜可哀想でそこが好き、、 まあ人をたくさん殺してきたから今更そんなこともできないかあ やっぱりみんなかわいそうだなあ〜ありとあらゆる命あるものは

映画最後の方はやっぱむずくてまあよくわかんなかったが(馬鹿)本当によかったので見てください。シンウルトラマン見るよりこっち見ることをおすすめします私は

眠くてラリっているのに結構しゃべりまくってしまった。

秋葉原では老舗のお蕎麦とうなぎを食べました 暑い日だったなあ

15年ずっと探していた人の話は気が向いた時にまた喋ろうと思います。